様変わりの正月料理

 終戦直後の僕の子供の頃に比べると、平成最後の年の我が家の正月料理はずいぶん変わった。日本が豊かになったことや、食文化の洋風化は何処の家庭でも同じだと思うが、我が家では、田舎育ちの僕と、都会育ちの子供や孫達との味覚の差、そして僕が年老いたことなどが加わる。日本古来の料理が減って、西洋風の料理が増えた。それに伴って、日本酒からワインやスコッチに飲み物も変わった。

 年末年始は、一人暮らしの我が家が急に賑やかになった。
  30日は次女が来て、正月用のハムでステーキを作ってくれた。スコッチ・ウィスキーで一人酒。
  31日には長女も来て次女と一緒におせち料理作り、その晩は、次女一家3人も加わって、「年越しそばとおせち料理」で、ワインをあける。我が家のお正月は、「暮れと正月」がいつのまにか一緒になった。
  元旦は長男と孫息子が加わって、お雑煮とおせちで新年の乾杯。夜は長男が買ってきた角上のすしとワインでまた乾杯。
  長男が帰った2日の晩は、すき焼きでまた乾杯。31日から2日までにボルドー・ワインが、4人で1ダース開いた。
  子供や孫達が帰った3日は、パートナーが来てくれて、2人だけで鮟鱇鍋。スコッチで乾杯。

 気がついたら、正月に御屠蘇も日本酒も飲んでいない。菓子や果物が十分にあったせいか、子供や孫達は、雑煮以外の餅に誰も手を出さない。おせちの野菜の煮物や,大根と人参の酢の物が、大量に残った。田舎育ちの僕のために、くわいやちょろぎ、せりや菜の花を用意してくれたが、子供や孫達には興味がないらしい。たつくりや数の子も売れ行きが悪い。昔からの料理で好評だったのは、次女の作った紅玉林檎きんとんと玉子焼き、長女の栃木土産の半乾燥の薩摩芋。

 今年のおせちには、生ハムやスモークサーモン、テリーヌや各種チーズとハムが加わったが、こちらはあまり残らなかった。昔は、こんな西洋料理はなかった。昔あったのは塩シャケの切り身と身欠き鰊くらい。肉はせいぜい鶏肉。牛や豚は遠い存在。

 世界の国々で、お正月料理がこんなに変わったところはあるのだろうか。そして、こんなにバラエティのある料理も少ないだろうな。

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