C7)ヴェトナム・フエ王朝の晩餐会

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ヴェトナム・フエ王朝の晩餐会2001年5月、ヴェトナムの世界遺産を尋ねる、ヴェトナム縦断ツアーがあったので、参加する事にした。北ヴェトナムの首都ハノイから入って、北方の自然遺産・ハロン湾に始まり、グエン(阮)王朝の首都・フエの文化遺産、日本人街のあったホイアン(会安)の古い町並み、ミーソンにあるチャンパ(林邑・占城)族の遺跡、そして最後は、南ヴェトナムの首都サイゴン、現在の名はホー・チ・ミンに抜けるコース。

写真は、フエのホテルでの夕食の一コマ。このホテルの客寄せの一つで、我々ツアー・メンバーは、全員がグエン王朝時代の衣装に着替えて、宮廷料理の晩餐会に出席した。王様と女王様は、ツアー一行16名中の長老・Kさんご夫妻、なかなか良く似合う。我々はその臣下といった設定。男性は濃紺、女性は黄金色のガウンに、それぞれ同色の冠。王様夫妻を先頭にして、更衣室から宴会場まで行進する。現地の少年少女が、小姓役で参加、すっかり仮装行列の気分。宴会場では、王様夫妻が正面に座り、小姓たちが扇で仰ぐ。臣下はその両側に並び、王様の対面では、色鮮やかなアオザイを着た楽隊が、民族音楽を奏でる。すっかり雰囲気にも酔った小生、楽隊の音楽に合わせて、空手の形と太極拳をミックスして、適当に振付けたダンスを披露。好評を博す。Nさんも、渋い喉で「刈干し切り歌」を披露、宴は大いに盛り上がった。夜10時頃、プールでひと泳ぎ。酔いを覚まして就寝。

このパーティがあったおかげで、このグループとは日本に帰ってからも、交流が続いた。王様夫妻の呼びかけで、毎年一度ヴェトナムの会が開かれ、楽しい時を過ごしたが、王様の体調不良から、いつの間にかヴェトナムの会は開かれなくなってしまった。

2007年4月に、僕が日本舞踊の初舞台で、神田祭の芸者を踊った時、病身にも拘らず、王様夫妻も見に来てくださった。ヴェトナムでの勇壮なダンスと、神田祭の粋な女形との落差の大きさに驚かれたとか。芸の幅広さを褒めていただいた。

ヴェトナムでダンスを披露した時には、まだ日本舞踊は習っていない。しかし空手も太極拳も、形は一つ一つの技をよく研究して、それを緩急自在に、自由に組み合わせ、変化させ、時にはリズムをはずして、技として繰り出さねばならない。だから、音楽のリズムに合わせて、適当に空手や太極拳の形で踊ることは、試合よりも簡単である。女形を踊った時には、腰が決まっていると褒められた。空手や太極拳の練習のおかげである。芸の幅が広いのではない。浮気な遊び人だっただけである。

昨年、王様の訃報に接した。寂しい。諸行無常。

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