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zoom RSS テーマ「思い出」のブログ記事

みんなの「思い出」ブログ

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根尾谷の紫陽花
根尾谷の紫陽花  今年も、玄関脇の紫陽花(あじさい)が咲いた。このピンクの紫陽花が咲くと、いつも故郷の友達を思い出す。 ...続きを見る

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2017/06/06 11:12
マザコン(高畠華宵の絵)
マザコン(高畠華宵の絵)  高畠華宵と言っても、知らない人が多いかもしれない。手元にある日本の童画6『高畠華宵、蕗谷虹児、中原淳一』(第一法規出版1981)と別冊太陽『高畠華宵』(平凡社、1987)によると、華宵のデビューは中将湯のポスター。僕の子供の頃には、田舎でも良く見かけた看板広告なので、昭和初期を知る人には懐かしいかもしれない。でも、僕が懐かしく感ずるのは、少年倶楽部や少女の友に発表された挿絵。終戦直後の田舎の貸し本屋には、5-10年前の古雑誌が置いてあった。そこで見た華宵の挿絵は、子供心に強い印象で残ってい... ...続きを見る

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2017/05/28 11:17
カタツムリ
カタツムリ  昨日は良い天気。デイケア・プラチナビラでは、みんなで中庭に出て、大声を張り上げて童謡を歌った。やわらかな風が心地よい。 ...続きを見る

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2017/05/20 10:01
50年前のゴールデン・ウィーク
50年前のゴールデン・ウィーク  子供達が傘寿の祝いを計画してくれるとのことなので、昔のアルバムを取り出してみた。アルバムは昭和42(1967)年5月4-6日とあるから、今から丁度50年前。前の年のクリスマスダンスパーテーで知り合い、3度目のデートでプロポーズ、まだ早いと反対する彼女の父親を、既成事実で説得。晴れて婚約し、ゴールデンウィークには、僕のふるさとへの婚約旅行に出かけた。 ...続きを見る

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2017/05/07 18:01
FLAIL(くるり棒)
FLAIL(くるり棒)  先に紹介した日本老年医学会のフレイル(Frail)は老化による心身の虚弱化だが、RがLに変わると「くるり棒」になる。辞書を調べていて発見。この「くるり棒」は今では知る人も少なくなってしまったが、僕には懐かしい。写真1は「くるり棒」を使っている風景だが、先日書いた「ふるさと村」にまた戻って来たようだ。 ...続きを見る

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2017/04/22 15:13
U-2) 地獄・極楽めぐり(河鍋暁斎)
U-2) 地獄・極楽めぐり(河鍋暁斎)  正月は、過去に出かけた展覧会の図録を引っ張り出して眺めていた。展覧会の図録は買ってくるのだが、たいていは本箱に直行、ツン読になっている。自由に外出できない身体になった今、充分に時間が出来た。こんな時間も悪くない。 ...続きを見る

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2017/01/10 11:52
80年を振り返る
80年を振り返る  今年も後1日。来年は満80歳を迎える。2011年6月に脳卒中に倒れてから、もう5年半。ずいぶん長く生きたものだ。僕のようなヨイヨイが増えると、日本は困るだろうな。若者達のために、早く死んであげたいのだが、寿命はまだ尽きない。尊厳死協会に、登録しているのだが、倒れた時には助けられてしまった。 ...続きを見る

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2016/12/30 13:49
クリスマスはケーキの日
クリスマスはケーキの日  昨日のデイケアでは早目のクリスマスパーテイ。ケーキの台に、それぞれ好みのトッピングをして、ジングルベルを聞きながら食べる。日頃、刺激の少ない老障害者にとっては、結構、楽しいイベントだったらしい。でも、僕は血糖値が高くうなったところなので、パーティへの参加は遠慮。少し離れた喫茶スペースでウトウトしていた。 ...続きを見る

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2016/12/24 10:32
ふるさとの香
ふるさとの香  日曜日には、岐阜県の加納高校時代の同級生が3人でやってきてくれた。そのうちの一人は岐阜の田舎、上羽栗村の小学校で2−4年生の時の同級生。彼は定年後、母上の住む岐阜に帰っていたが、母上が先年亡くなられたので、八王子の家に戻ってきた。そこで久しぶりに会うことになったのだが、僕が障害者になってしまったので、家までやってきてくれた。寿司とワインで乾杯。 久しぶりにふるさとの香が漂う懐かしい雰囲気になった。 ...続きを見る

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2016/10/18 10:20
十六ささげ(幼友達)
十六ささげ(幼友達)  昨日は、ふるさと岐阜の小学校の幼友達、昌子ちゃんと孝子ちゃんが、大垣と岐阜から出てきた。横浜在住の千春君が、彼女達を新横浜駅で拾って、車で小平の我が家まで、連れて来てくれた。脳卒中で倒れて以来、彼女達には会っていないから、5年ぶりかな。懐かしい。故郷の話が弾んだ。 ...続きを見る

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2016/07/28 18:09
アジサイ
アジサイ  5月26日のブログで紹介したピンクのアジサイ、今年の梅雨でこんな色に変化した。面白い色なので、パートナーが切ってきて、食卓に飾ってくれた。なかなか渋い色で、風情がある。5月の色が若々しいピンクなら、今日7月のアジサイは中年のエンジと、老年の落ち着いた緑といったところ。この緑は秋になると紅葉して、また風情のある花になる。 ...続きを見る

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2016/07/10 17:40
グラジオラス
グラジオラス  玄関脇の小さな庭で、今年もグラジオラスの花が開いた。10年ほど前に、岐阜の田舎の小学校の同級生昌子ちゃんから球根を貰って、肥料もやらないで、植えっぱなしにしてあるものだが、株立ちになって、今年も花茎が4本出ている。今朝見たら、その一本が、花を開いていた。ふるさとが懐かしく思い出された。彼女は、元気かなあ。 ...続きを見る

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2016/07/03 06:54
紫花菜(=花ダイコン)の交友
紫花菜(=花ダイコン)の交友  誕生日のプレゼントに、末娘が『紫の花伝書-花ダイコンを伝えた人々』(細川呉港著、中国書店・集広社)を持ってきてくれた。中国書店とは福岡にある出版社で、中国やアジアの図書を紹介している会社。パートで大学の留学生のお世話係りをしているので、そんな関係で紹介されたのだろう。 ...続きを見る

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2016/06/29 06:01
馬籠宿(思い出)
馬籠宿(思い出)  何気なくテレビをつけたら、クール・ジャパンと言う番組で、中仙道の馬籠宿を写していた。懐かしくなって、最後まで見てしまった。 ...続きを見る

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2016/06/26 15:57
隴(ロウ)を得て、蜀(ショク)を望む
 デイケアのレクレーションの時間に、諺(コトワザ)のクイズがあった。その中の一つがこの諺。後漢の光武帝が建国の折、「隴を征服、サア次は蜀だ」といった故事を踏まえて、三国志で有名な魏の曹操が、『人の欲望にはきりがない。いま(シルクロード交易の中心である)隴を得たのだから、(孔明が頑張っている)隣の蜀まで手をだそうとは思わない』と言った事から、「次々に欲望が膨らんでゆく事」を意味するようになった。 ...続きを見る

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2016/06/12 06:59
えびね
えびね  今日は良い天気。パートナーに玄関の椅子をガレージに持ち出してもらって、そこで庭を眺めながら日向ぼっこ。冬には赤い実をつけていた万両の根元に、えびねが咲いていた。このえびね、岐阜の田舎の小学校の同級生が、6年ほど前に、関が原の麓から送ってくれたもの。彼女の家の庭で自生したものらしい。小さな苗だったが、いつのまにか根ついて、数株に増えた。目立たない渋い花だが、良く見るとなかなか味のある形をしている。これがえびねの原種らしい。 ...続きを見る

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2016/04/19 17:14
香港からの来客
  昨晩は、ラムちゃんが、白馬にスキーに来たついでに、我が家に立ち寄ってくれた。早口の英語を機関銃のように繰り出す彼女、もう50を過ぎているはずだが、相変わらずタフで、行動は自由奔放、今日は北海道かと思えば、明日は九州に飛ぶ。初めて彼女に出会ったのは、彼女が19歳の新米バスガイドの時。僕と亡妻が、現地の香港半日ツアーを申し込んだら、客は我々だけ。その帰りに昼食に誘ったら、美味しい点心(ディムサム=飲茶)の店に連れて行ってくれた。彼女との付き合いは、それ以来かれこれ30年以上になる。 ...続きを見る

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2016/02/07 11:39
A97)リハビリ川柳 お盆 
年老いて、帰る郷なし、盆休み ...続きを見る

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2015/08/18 12:13
A96)自分史
 自分史「風紋シリーズ第三集」として、「風太郎オリエント紀行−還暦からの青春旅行」の印刷冊子が出来上がった。脳出血のリハビリとして、このブログに連載したものを、纏めて、印刷製本しただけのものだが、第1集「風三郎日舞を習う―古希は芸者姿で初舞台」、第2集「風三郎病を生きる―糖尿病と脳出血」と三冊も揃うとやはり嬉しい。 ...続きを見る

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2015/08/14 07:43
B26) 原子爆弾と原子力
 今年は70年目の終戦記念日。広島や長崎に、「新型爆弾」が落とされて、無条件降伏が決まった。僕は疎開先の国民学校の2年生。名古屋に残った両親は、もうこの世にいなかったので、祖母と一緒に田舎に留まった。情報から隔絶された田舎で、「原子爆弾」と言う言葉を知ったのは、何年も経ってからの話である。原子爆弾については、進駐軍の「軍事機密」であったのか、学校では触れられることはなかった。 ...続きを見る

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2015/08/11 08:14
ダンスと空手(学生時代の思い出)
 今日デイケアに、大画面のテレビが入った。その記念に、「ブレンミラー物語のビデオ」が上映された。50年くらい前に見た映画だと思うが、内容は思い出せなかった。でも、アームストロングのセントルイスブルースだけは、懐かしく思い出された。ダンスパーティでよく踊った曲である。 ...続きを見る

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2015/07/31 18:17
タイムトラベル(50年前と75年前)
タイムトラベル(50年前と75年前)  左の写真は、昨日(2014年10月12日)名古屋駅でもらった、新幹線開業50周年の記念クリアファイル。そういえば新幹線は、第1回東京オリンピックに合わせて、開業したんだっけ。 ...続きを見る

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2014/10/13 11:19
あとがきに代えて (胡蝶の夢)
 「世の中は、夢かうつつかありてなき、現にて蝶となりしが、夢かとも♪」 ...続きを見る

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2014/04/19 04:48
第12章 6) 伝統芸能の舞台 (叔母と妻の思い出)
第12章 6) 伝統芸能の舞台 (叔母と妻の思い出)  Dさん、面白くもない小生の思い出話に、お付き合い頂き有り難うございます。僕はすぐに飽きるたちなので、日舞の稽古は、3年余りでしたが、Dさんの謡曲のお稽古は15年間とは素晴らしいですね。確かに、お互い、「これをやらないと知らなかった、貴重で興味深い知識をたくさん得たこと」は、大きな収穫ですね。 ...続きを見る

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2014/04/10 09:43
第4章 3) 農村歌舞伎 (芝居好きの伝統)
第4章 3) 農村歌舞伎 (芝居好きの伝統)    僕の小学校5年生の時の、学芸会の舞台は、勧進帳でした。担任の先生は、僕の祖父より少し若い世代ですが、この時には、再雇用の教職最後の年で70歳。その最後の思い出にと選ばれたのがこの勧進帳でした。この村の伝統である「村芝居」で、歌舞伎役者の指導を受けて、先生が演じた事のある思い出の脚本。それだけに、演技指導には熱が入っていました。声変わり前のソプラノの僕には、弁慶役は無理なのに、それでも、その頃の村人は、喜んで見てくれました。写真の前列中央が弁慶役の僕、隣の女の子が義経、僕の後ろで、裃をつ... ...続きを見る

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2014/03/20 07:24
第4章 4)わら草履(子供の頃の思い出)
第4章 4)わら草履(子供の頃の思い出)  庭の白蓮が、温かい東風で急に開花した。花を愛でながら、パートナーと二人でのんびりと朝食。昔話になった。 ...続きを見る

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2014/03/19 06:37
第4章 2) 梅は咲いたか (祖母の思い出)
第4章 2) 梅は咲いたか (祖母の思い出)  書斎から5分咲きの紅梅を眺めて、『梅は咲いたか』の音を流して、このタイプを打っています。初心者が踊るには、難しい曲ですが、先生に特別お願いして、チャレンジすることにしました。この曲はお座敷の宴会ソング。芸者が軽やかに踊る曲です。お座敷遊びの殆ど経験のない僕が、お座敷ソングに懐かしさを覚えるのには、なぜでしょうか。『梅は咲いたか』をはじめとして、『猫じゃ猫じゃ』、『真っ黒けの毛』、『東雲のストライキ』、『でんどん節』、『奴さん』、『かっぽれ』、『さのさ』などなど。実は、幼い頃に、祖母が唄ってくれ... ...続きを見る

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2014/03/19 05:21
第2章 8) トラウマへの挑戦 (登校拒否)
第2章 8) トラウマへの挑戦 (登校拒否)  女性の趣味と思われている『日本舞踊』を、男の僕がなぜ始めたのか、不思議に思われる方が、多いようなので、お答えします。最初にも書きましたように、きっかけは小粋な日本舞踊の先生を見つけたことですが、根底の理由は、幼少の頃に受けた心の傷跡(トラウマ)からの開放です。 ...続きを見る

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2014/03/12 17:24
第2章 7) おもかげ (母の思い出)
第2章 7) おもかげ (母の思い出) 父の思い出を書いた続きで、母の思い出も書いておこう。実を言うと、国民学校の一年生の時に死んだ母の思い出はあまりにも少ない。不治の病といわれた結核が、僕に感染移することを恐れて、できるだけ接触を避けていたこともあって、母と手をつないで歩いた記憶はない。何時も僕は、祖母に手を引かれていた。母の顔は思い出せない。僕の母の面影は、残された数枚の写真から、浮かんできたものである。この母の写真は、何処か亡妻に似ている。僕の結婚は、母の面影を追っていたのかもしれない。 ...続きを見る

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2014/03/11 11:17
第2章 6) 絵日傘とゲンゲの花 (父の思い出)
第2章 6) 絵日傘とゲンゲの花 (父の思い出)  お稽古場で、可愛らしい女の子が「絵日傘」を踊っていた。この童謡は、僕の思い出の曲。川田孝子か、安田祥子か、古賀さと子か、誰だか忘れてしまったが、昭和19年当時の童謡歌手のレコードを、父が買ってくれて、二人で何度も聴いた曲である。裏面には、琴の六段の曲にあわせて、その歌手が「隣の美代ちゃんは、今日もお琴を弾いています。でも私は引けない。もしもし亀よ♪」と唄っていたように思います。絵日傘の歌詞は、「桜ひらひら絵日傘に、蝶々もひらひら来て止まる。乳母のお里は春霞、絵日傘くるくるとおりゃンせ♪」と覚え... ...続きを見る

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2014/03/10 05:40
H13)軍歌「艦隊勤務」と「よいとまけの唄」
H13)軍歌「艦隊勤務」と「よいとまけの唄」 昨日のデイケアの午後のプログラムはカラオケ。大声を張り上げて唄う事は、リハビリに良いらしい。我々老人達の嚥下障害予防にもなるという。その折に、80代後半の先輩老人が、元気に「艦隊勤務」を歌った。大日本海軍の軍歌で、今でも自衛隊で吹奏されることがあるという。しかし、終戦時に国民学校の2年生だった僕には、初めて聞く歌詞である。でも、そのメロディには聞き覚えがあった。子供の頃に唄った、月月火水木金金はこんな歌詞であったように思う。 ...続きを見る

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2013/12/05 11:54

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風三郎 日舞を習う/リハビリ日記 思い出のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
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