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風三郎 日舞を習う/リハビリ日記

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風三郎 日舞を習う/リハビリ日記
ブログ紹介
 昭和12年生れの日本男子。昔はエンジニア。今は風来坊。平成16年6月から日本舞踊を習い始めました。昔の仕事人間にとって、日本舞踊の世界は,驚きと新発見の連続です。
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 平成23年6月、脳卒中で倒れ、74歳で人並みの人生を終えました。現在は、右半身麻痺の身体で、週3日デイサービスに通いながら、手と脳のリハビリのためにこのブログを再開しました。思い出を語り、パソコンを打つことは、最高のリハビリだそうです。思い出のほかに、現在勉強中の宇宙と素粒子や地球と生物の歴史についても書いてゆく予定です。
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 僕の定年後のペンネームは、「風の如くさわやかに生きたい」の意を込めて、”風”シリーズ。世界旅行は風太郎。定年後の15年間に、海外旅行は60回、600日を越し、秘境や辺境の旅を楽しみました。学生時代の空手から、定年後の太極拳や太極剣などに繋がる武術は風二郎。そして、学生時代の社交ダンスから、定年後の日本舞踊にいたる、舞踊と音楽が風三郎でです。そして、このブログに書いた僕の自分史は、そのペンネームにちなんで、風紋(風の足跡)と名づけました。

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タイトル 日 時
遠藤彰子の展覧会
遠藤彰子の展覧会  昨日はデイ・サービス・まごころクラブから、多摩美術大学の12号館地下1階で行われている遠藤彰子氏の作品展 「COSMIC SOUL(宇宙の魂)」 を見に連れて行ってもらった。この作品展は期待以上の素晴らしいもの。500号から1000号といった桁外れに大きな作品が、20以上も並び、見るものを圧倒する。その大作の一つ一つに、彼女の宇宙のイメージとファンタジーが込められて、一つの絵だけで一つの物語が出来そうである。ある作品に、僕はジプリの映画・天空の城ラピュタを思い浮かべた。天空にも地底にも空がある... ...続きを見る

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2017/12/17 12:49
3―10)王様と茶会
3―10)王様と茶会 ...続きを見る

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2017/12/16 08:06
3―9)フンザ王国(カリーマバード)
3―9)フンザ王国(カリーマバード)  午後、バルチット城を見学、1971年まで、王様がここに住んでいたというのだから、日本的には「お城」だが、規模からすると、英語の説明の様に、FORT、すなわちバルチット砦と言った方が良い。ミール(領主)と呼ばれるここの王様は、日本で言えば、山間の小さな大名程度だが、十九世紀末までは、パミールを越えて、新彊方面に掠奪隊を繰り出していたと言う。倭寇で知られる松浦藩を思い浮かべた。 ...続きを見る

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2017/12/15 07:34
最後の繁栄
 12月ももう半ば。デイサービスでは、今年の良かったことを一人ずつ聞いた。まあ、デイサービス通いの老人達から、「良かったことや楽しかったこと」を聞くのは、所詮無理な話。何もなかったという発表が続く中で、僕だけが、今年一年、休肝日もなく晩酌を続けられたことだと発表。脳出血の後遺症があり、糖尿病なので、医者は禁酒を勧めるが、僕はもう80歳、いまさら長生きしても仕方がないので、好きなウイスキーは欠かさない。今度倒れた時には、もう救急車は呼ぶなと家族には伝えてある。少子高齢化で、日本経済がおかしくなる現... ...続きを見る

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2017/12/14 12:03
3-8) ナガール村のホッパー氷河
3-8) ナガール村のホッパー氷河  朝食の後、再びジープに分乗して、ナガール村にあるホッパー氷河に出かける。フンザとナガールは、フンザ川を挟んで対立する二つの王国で、人種も言葉も違うのだという。カラコルム・ハイウエイができる前は、フンザ川の深い峡谷が、対岸との交通をはばみ、それぞれが別個に発展して来た結果なのだろう。このあたりの観光業を独占しているフンザ人に言わせると、ナガールの人々は、性格が暗くて、教育程度が低く、従ってフンザよりも貧しいのだという。だから、観光客に写真を撮られるのを嫌うので、気を付けて欲しいと注意される。... ...続きを見る

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2017/12/13 06:31
3―7)レディ・フィンガー
3―7)レディ・フィンガー ...続きを見る

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2017/12/12 10:42
3-6) フンザ峡谷
3-6) フンザ峡谷  フンザ峡谷に入ると、カラコルム・ハイウエイは、再び険しい山岳地帯に入る。インダス川の上流であるフンザ川が、深く抉られた峡谷の遥か下の方を流れている。昨日、4人の兵士が亡くなったという崖崩れの場所で休憩。何事も無かったかの様に、山羊の群が絶壁にしがみつくように生えた僅かな草を、のんびりと食べていた。(写真左) ...続きを見る

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2017/12/11 06:38
車椅子の自走
 僕が通っているデイサービスまごころクラブには、クラブ活動として、月に1−2会の外出のチャンスお作ってくれる。12月は2日のブログに書いた紅葉ドライブの狭山公園、そして今回のガスミュージアム。 ...続きを見る

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2017/12/10 12:06
幸せな時代
幸せな時代   昔の人が画いた天国とは、「衣食住の心配がなく、働かないで遊んで暮らせるところ」。僕はまだ死んでいないけど、どうやら天国に来ているらしい。脳卒中以来、身体は思うように動かないけど、年金のおかげで衣食住には困らないし、介護保険のおかげで退屈もしていない。日本の老人の半分くらいは、天国の生活を楽しんでいるのではないだろうか。「引きこもりと称する若者達」もそんな天国に居る。 ...続きを見る

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2017/12/10 10:23
3-5)ギルギットでポロ見物
3-5)ギルギットでポロ見物  4月15日。パキスタン第三日目。5時半起床、好天に恵まれて、7時出発。チラスの手前、20−30キロの地点から、インダス川の深い峡谷は、急に広がり、岩砂漠の様相を呈する。でも、この岩砂漠は、どうやら大昔の氷河の跡らしい。インダス川の川原にしては、広すぎるし、岩に丸みが無い。カラコルム・ハイウエイは、チラスからギルギットまで、そんな岩砂漠の小高い丘を越えながら、平坦な道で続いている。 ...続きを見る

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2017/12/09 08:23
3-4)トラックに乗る。
3-4)トラックに乗る。  何も無いと思っていた、第1の崖崩れ地点の向こう側に、酒屋さんが配達に使うような、軽トラックが一台あった。第二崖崩れ地点から、人海戦術で車を持ち上げながら、何とか無理をして搬入したらしい。第二崖崩れ地点には、それらしき轍の跡が鮮明に残っていた。この車で、第一と第二の崖崩れ地点をピストン輸送をしているのだが、荷台に立てる人数は、どう見ても10人が限界である。皆で相談の結果、お年寄りと足の弱い人を優先して車に乗せ、僕を含む「元気な若者達」は、ともかく歩き出す事にした。 ...続きを見る

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2017/12/08 07:28
我が家の秋
我が家の秋  夏の間は、閉めたままでシャッターを開けるのは、いつも秋の好天が続く頃。でも今年は開けることがなかった。今年は、秋らしい気持ちの良い日は、僕の体調のせいか、なかったような気がする。やっと12月に入って、好天が続き、陽射しが恋しくて、やっと寝室の南窓のシャッターを開けたから、南天の赤い実が目の中に飛び込んできた。この赤い実、いつもの年は、小鳥に食べられて、なかなかゆっくり見られない。でも今年はだいぶ沢山残っている。庭に来る小鳥が少なくなったのだろうか。僕の耳が遠くなったこともあるが、小鳥のさえ... ...続きを見る

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2017/12/07 10:45
3-3) 崖崩れの道
3-3) 崖崩れの道  4月14日。昨日の遅れを取り戻す為、4時半のモーニングコールで、6時出発。一気にフンザを目指す事になった。天気は晴。インダス川ぞいの道は、山側は険しい崖で、岩しか見えない事が多いが、谷側の景色は結構変化に富んでいる。空も見えないほど、対岸の山が覆いかぶさってくる事もあれば、そんな山から、何条もの滝が見られる事もある。少しなだらかな斜面には、必ず段段畑が見られる。段段畑の無い斜面でも、少し緑のある斜面には、必ず網目の様に獣道が続いている。人間と山羊達の道であろうか。 ...続きを見る

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2017/12/07 08:16
3-2)カラコルム・ハイウエイ
3-2)カラコルム・ハイウエイ  1999年4月13日。パキスタン第一日目。成田からの飛行機が3時間ほど遅れたので、昨夜のホテル到着は、深夜の12時を過ぎていた。しかし、「これからの旅では、お風呂に入れない」ので、ゆっくりと入浴。おかげで就寝は2時半。今朝の起床は5時半だから、3時間しか寝ていない。初日から強行軍である。今日の予定は、イスラマバードからチラスまで約500キロ、12時間のバスの旅である。地図で見ると、直線距離は150キロに満たないが、道が曲がりくねっているので、このような距離になるらしい。 ...続きを見る

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2017/12/05 06:15
3-1) カシミール
3-1) カシミール  良質な羊毛・カシミヤの産地として知られるカシミ−ルは、現在、東南のインド領と西北のパキスタン領に分割されていて、(上図)その国境紛争はまだ解決していない。1947年に勃発したカシミール戦争は、2016年現在、実質上まだ続いていて、国境では、南北朝鮮と同様、にらみ合いや小競り合いが続いている。でも、スリナガルとイスラマバードの間の国境地帯をのぞけば、平和そのものの世界。国境紛争さえなければ、ヒマラヤの西端にある仙境と言っても良い、風光明媚な土地である。 ...続きを見る

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2017/12/04 08:20
使いすて容器
使いすて容器  体が不自由で、自分で料理を作ることも、買いに出かけることもできないので、パートナーが来ない時の為に、そのままでチンするだけで良いお弁当を通販取った。写真はその容器。 ...続きを見る

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2017/12/03 10:16
M31)都立狭山公園
M31)都立狭山公園  11月29日は久しぶりの好天気。デイサービス・まごころクラブの送迎車で、西武遊園地駅前にある、都立狭山公園に連れていってもらった。去年と同じ村山貯水池の紅葉ドライブだが、去年より10日ほど遅いせいか、紅葉はピークを過ぎた感じ。でも、日頃家の中に籠もっている老人にとっては、気が晴れる。村山貯水池は、去年の11月20日に、このブログに書いたが様に、僕にとっては懐かしい場所。何回来ても良い。 ...続きを見る

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2017/12/02 10:08
2-7) 薬王山と巡礼の道
2-7) 薬王山と巡礼の道  薬王山東側の岩壁に、へばりつくように建っている、小さな寺・薬王院を訪ねる。病院も兼ねている寺だそうで、奥の洞窟には、薬師如来が奉ってある。チベット医学の総本山的存在の由。 ...続きを見る

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2017/11/30 10:38
2-6)デブン寺とセラ寺
2-6)デブン寺とセラ寺  ラサ郊外にある、デブン寺とセラ寺は、ともにチベットの仏教大学であり、何も無い岩山の斜面に建っている。かつては、それぞれの寺に、1万人近い僧侶が住んでいたというが、現在は人影もまばらである。中国共産主義支配の成果だという。 ...続きを見る

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2017/11/28 11:09
2-5)モンゴル帝国とチベット仏教
2-5)モンゴル帝国とチベット仏教 ...続きを見る

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2017/11/27 14:24
2-4) チベットの古代王国・吐蕃
2-4) チベットの古代王国・吐蕃  ヒマラヤ山脈の北斜面には、カイラス山(カイラーサ山・崗仁波斉山)を挟んで、東にヤルツアンポ河(雅魯蔵布河)、西にインダス川が流れる。この流域の谷間は、空気は薄いが、雪解け水が豊富で、有史以前からチベット系の人々が住み着いていた。吐蕃国発祥の地は、そのヤルツアンポ河流域の、ツアン(蔵)及びウー(衛)と呼ばれる地帯。現在の西蔵自治区の首都・ラサはその衛にある。 ...続きを見る

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2017/11/26 09:14
2-3) 大昭寺と八角街
2-3) 大昭寺と八角街 ...続きを見る

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2017/11/25 08:46
2-2) ポタラ宮 とノルブリンカ
2-2) ポタラ宮 とノルブリンカ  チベットといえば、誰しもポタラ宮を思い浮かべる。抜けるように青い空の下、岩山の上に聳え立つ、十三層の白い城。そこは、ミノスの神殿のような迷宮であり、中ではおどろおどろしい宗教儀式がとり行われている。それは、子供の頃から抱き続けた、チベットのイメージの全てでもあった。 ...続きを見る

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2017/11/24 15:52
2-1)ラサへの道
2-1)ラサへの道  僕が海外旅行を始めたのは、1998年7月から。早期定年退職してから丸2年が経っていた。これからゆっくりと中国を歩き回りたいということで、まず最初に、成都の四川大学で1ヶ月の中国語学習プログラムに参加。その機会を利用して、成都から4泊5日のチベット旅行に出かけた。これは、その時の日記からの抜粋と、今回、補筆したチベットの歴史である。 ...続きを見る

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2017/11/23 16:40
1-3)チベット伝説と文化博物館
1-3)チベット伝説と文化博物館   標高2250メートルの青海省の首都・西寧(シーニン)から、標高3650メートルのラサまで、総距離1956キロに及ぶ青蔵鉄道(=青海・チベット鉄道)は、2006年7月に全線開通。それに伴って、西寧には、チベット文化博物館もオープンした。この博物館は、チベットの玄関口・西寧にふさわしく、チベットムードの漂う設計。正面玄関のドームには、10メートル四方以上はあるかと思えるタンカ(=絹織物に刺繍した仏画)が飾られ、まずはその豪華さに驚かされる。西洋建築に日本ムードを加味した、上野の国立博物館の本... ...続きを見る

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2017/11/19 08:23
1-2)チベット族と日本人
1-2)チベット族と日本人    この地図は、中国総参謀部測絵局編集になる中国地図帳からの抜粋。ピンクのバックとピンクの斜線がチベット族の住んでいる地域。緑のバックと緑の斜線がウイグル族、うす緑のバックと縦線が蒙古族、黄色のバックが漢族である。この地図と1)の航空写真を比べると、チベット族は2000メートル以上の高い山岳地帯、ウイグル族はその北の砂漠・オアシス地帯、モンゴル族は砂漠の東のモンゴル草原地帯ときれいに住み分けている。河西回廊のある甘粛省付近は、チベット族と蒙古族の混住地帯に、漢族がシルクロードの楔を打ち込んで... ...続きを見る

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2017/11/18 10:04
1-1) 僕のヒマラヤ・チベット
1-1) 僕のヒマラヤ・チベット 第1章 はじめに(老春の旅)  1996年4月に59歳で、早期定年退職した僕は、2011年6月に脳出血で倒れるまで、海外を歩き回った。今は、右半身不随なので、ゆっくり旅の思い出に浸る事にした。 ...続きを見る

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2017/11/17 16:55
墓参旅行(3)トヨタ産業技術館など
 11月5日、昨日と同じように、7時に食堂にはいって、ゆっくりと一時間かけて朝食。帰りの荷物を作って家に送るとちょうど良い時間になった。トヨタ産業技術記念館が9時30分にオープンするので、それに合わせてタクシーに乗る。ホテルで呼んでくれたタクシーの運転手がぼくと同じ小島さん。話をしたら岐阜の加納高校の後輩とのこと。笠田の遊水地の話も出た。世の中は狭い。別れ際に、「先輩どうぞお元気に」と声をかけてくれた。 ...続きを見る

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2017/11/12 10:29
墓参旅行(2)アクアトト岐阜など
墓参旅行(2)アクアトト岐阜など  11月4日。9時半に妹一家4人が、10人乗りのレンタカーでホテルに迎えに来てくれた。運転は姪のご主人の遠藤さん、車のフロントグラスには「小島家ご一行様」というシールがあり、その下には「遠藤トラべル企画」と書いてある。お堅い研究者にしては、なかなかのユーモア。娘達が面白がってスマホで写真を撮る。 ...続きを見る

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2017/11/09 17:09
墓参旅行(1)徳川園など
墓参旅行(1)徳川園など    11月3、4、5日に、故郷の岐阜へ墓参りに出かけた。倒れる前に行ったきりなので、もう10年近くご無沙汰している。今年は80歳になったので、生きているうちに、もう一度くらい、ご先祖に挨拶しておかなければ、そちらに逝った時に気まずかろう。と言うわけで「多分最後の墓参」に出かける事にした。でも、車椅子がなければ、移動できない身体なので、パートナーに加えて、娘二人にも付き添ってもらった。また名古屋からは、妹一家4人が合流、楽しい団体旅行になった。このところ天候不順が続いていたので、心配していたが... ...続きを見る

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2017/11/06 17:30

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