テーマ:風紋・日舞

「風三郎日舞を習う」 目次

 喜寿を記念しての自分史「風紋」の第一巻として、このブログに連載した「風三郎日舞を習う」が纏まりました。以下のように三部構成で、第一部は66-69歳、第二部は古希の記念舞台、第三部は、その後現在までの蛇足です。ご愛読有り難うございました。 まえがき     1) 自己紹介                             …
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あとがきに代えて (胡蝶の夢)

 「世の中は、夢かうつつかありてなき、現にて蝶となりしが、夢かとも♪」  日本舞踊、「蝶の道行き」の出だしである。現世では、添い遂げられなかった二人が、胡蝶になっての道行き。花の中で胡蝶が、楽しげにひらひらと連れ舞う。  小学校の2年生で、両親に先立たれた僕は、祖母に育てられた。祖母は僕の大学卒業の年に逝ったが、今でも彼女の…
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第15章 4) 日本舞踊は江戸文化 (解説がないと判らない)

 以下は、あの華やかな日本舞踊「長唄・藤娘」の一節ですが、何を言っているのか判りますか。確かに、れっきとした日本語ですが、これを長唄のあの節回しで、言葉を伸ばしたり縮めたり、抑揚を変えたりしながら唄われたら、江戸言葉にかなりの素養のある人でも、すんなり理解して、掛詞の面白さまで鑑賞するのは、難しいのではないでしょうか。江戸言葉は、もう半…
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第15章 3) 日舞は座る文化 (失われて行く畳の生活)

 敬老会で日本舞踊を見ながら、「日本舞踊は畳の生活文化」だなと改めて感じた。今までに、世界各国のダンスを見てきたが、舞台に正座をして、お辞儀をするステージは、日本舞踊以外で見たことが無い。日本舞踊には、座った姿勢の踊りの多いことも特徴である。特に、女性の悲しみや、物憂い心理や描写の場面では、まず座る。正座を横に崩して、物思いにふける女の…
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第15章 2) 間と、合いの手 (リズムと呼吸法)

 先日の敬老会の日本舞踊・紀伊国屋文左衛門には、『ほれ、カッポレ、カッポレ。』という、「合いの手風の囃子言葉」を入れることが出来た。お酒は出なかったが、ちょっとした宴会気分。  民謡などで、『ハッ』とか、『ソレ』とかいうような、三味線方の発する掛け声は、合いの手と呼ばれ、唄い手の息継ぎのタイミングであると同時に、次の唄いだしの合図…
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第15章 1) 日本舞踊の「おすべり」 (技量がわかる)

 先日の敬老会で、久しぶりに日本舞踊をみて、『踊りの上手下手は、おすべりを見ると一番よくわかる。』と師匠に教えられた事を思い出した。80歳と言う男性の日本舞踊は、岩壁の母と紀伊国屋文左衛門の2曲。前者は浪曲歌謡に合わせて、新派調の老母の哀愁たっぷりの演技。涙を浮かべてみているご婦人もいた、後者も浪曲歌謡で、文左衛門の海のいなせな男の踊り…
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第14章 9) 「ナンバ歩き」 (昔の人の歩き方?)

 カッポレを踊りながら、お伊勢参りの宣伝を勤めたという、願人坊主。その様子を、三代目三津五郎が七変化舞踊に取り入れたのが、「浮かれ坊主」である。写真は中村富十郎の「浮かれ坊主」、ナンバの動きが滑稽さを出している。  所で、この「ナンバ」という言葉は、最近、陸上競技の選手が、優勝した時のインタビュウーに使って、有名になったが、もとは…
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第14章 8) カッポレと藤娘 (大津絵と大津絵節)

 カッポレの練習で、大津絵節を習う。大津絵の6種の人気絵の登場人物の格好をして見せるもの。鷹匠あり、藤娘あり、鬼の念仏あり、座頭ありでなかなか面白そう。因みに大津絵とは、大津の宿で旅人相手に売っていたお守り。 ・  ア-コリャコリャ ドモリの又平(オヤ)、 ・   書いた絵紙に 性根がいって(オヤ) みな抜けいでた (ドロドロ)…
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第14章 7)謡曲「高砂」と住吉大社 (遠距離恋愛の元祖)

 結婚式などで謡われる謡曲「高砂」。翁と姥が仲むつまじく、高砂の松原に遊ぶ。九州阿蘇神社の神主・友成が、相生の松に絡めて尋ねると、翁は大阪・住之江の住吉明神の化身。姥は播磨の国・高砂の、高砂明神の化身。  ここで友成の質問、「夫婦なのに、遠き住の江と高砂と隔てて住むのはなぜですか」 翁と姥は、こんな答えを返す。 「山川万里を隔…
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第14章 6)住吉大社と伊勢参り (応神天皇と大和朝廷)

 江戸時代になって、関西に御師と呼ばれる、旅行業者が出現し、お伊勢参りの団体旅行を組織化した。その宣伝役を勤めたのが、住吉神社の願人坊主達。唄や踊りを披露して街頭で人を集め、伊勢の面白い話を紹介して、伊勢神宮のお札を配ったり、投げ銭を求めたりした。後になって、願人坊主が江戸にも進出、カッポレを生んだ。その街頭宣伝の最初に唄われるのが、こ…
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第14章 5) 住吉踊り (カッポレの原流)

 2009年6月14日(日)、カッポレの源流になったという、住吉踊りを見に、大阪の住吉大社の、お田植え祭りに出かけた。京都上桂の家から、住吉大社まで、阪急電車、地下鉄、南海電車と乗継いで、ほぼ2時間。本殿に到着すると、もう参加者達の御祓いが始まっていた。  この御祓いのメインは「植女(うえめ)」に対する、早苗の授与。マルマル新町の…
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第14章 4) 海女ちゃんにカッ惚れ (失われた唄・鳥羽節)

 NHKの朝ドラ「海女ちゃん」が今週で終る。あまりテレビを見ない僕も、パートナーに釣られて時々見ていたら、すっかり「海女ちゃん」のファンになった。主演の「天野あき」コト「あまちゃん」はなかなか可愛らしい。おかっぱ頭からは、想像できなかったが、何かの折に、前髪をあげたら、昔の吉永小百合を思い出させた。昔のさゆりストとしては、懐かしい。 …
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第14章 3) カッポレの語源 (活惚れ?カッ放れ?)

 平凡社の世界大百科事典によると、カッポレという唄は、文政年間(1818-30)に唄われ始め、幕末には(1840-50)には、願人坊主の大道芸として流行、1878年頃からは、寄席や、宴席の幇間芸として踊られ、1889年には、初霞空住吉として、歌舞伎に取り入れられたという。 ・  サーテ かっぽれ、かっぽれ、ヨーイとな、ヨイヨイ …
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第14章 2) 貝の口 (関東流と関西流)

 最初のレッスンは、角帯の締め方。女帯では、いわゆる「貝の口」と呼ばれる結び方である。カッポレの梅后流では、貝の口(二つに折って細くした部分)が、右側に来るように統一されているのだという。そして、結び目は中央よりやや左に寄せる。僕は、今まで、これとは左右反対の締め方をしてきた。まあ、個人で浴衣を着るときには、どちらでも良いようなものだが…
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第14章 カッポレ

1) カッポレ入門 (72歳の足習い)  近所の大沼町公民館まで、自転車をこいで、カッポレの無料体験講座に、出かけてみた。体験レッスンには、片足立ちのまま、2歩後退する振りがあった。やってみると、これが出来ない。膝のバネの弱りである。このバネがないと、跳ぶ事が出来ない。  足が疲れてくると、いつの間にか老人歩きになった。老人…
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第13章 5)「屋敷娘」の世界 (従順な妻を育てる)

 行儀見習いという風習があった。嫁入り前の商家の娘は、武家屋敷に行儀見習いという、女中奉公にでる。「屋敷娘」の世界である。この風習は、僕の子供の頃まで残っていて、農家の娘達が、都会の家庭に行儀見習いとして、女中奉公にやってきた。  姑にとって、嫁は「どんなに叱っても逃げない女中」。行儀見習いとは、姑に気に入られるための訓練であった…
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第13章 6)高級ブランドの世界 (日舞の発展を願って)

 高級腕時計の広告特集が日経に入っていた。ブルガリ、ヴィトン、ローレックス、カルティエなどなど、僕も名前を知っているブランド物である。値段は100万から1000万円。僕が愛用する1万円の国産品とは格段の開きがある。でも、時計としての性能や、使い易さから比較したら殆ど差がない。  ブランド物の特徴は、      1)宝石、金や白…
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第13章 4)名取披露と失業保険 (昔の女子教育)

 男親にとって、女の子は特に可愛い。でも、我が家では、男の子は大学まで、女の子は短大までであった。同じ理系のサラリーマンである妹の家庭でも、同様。商家である亡妻の実家でも同じ。その代わり、女の子には一芸を仕込んだ。  つい20-30年前までは、女の子の幸せは、良い相手を見つけて、家庭に入ることだと考えられていた。でも嫁ぎ先で何があ…
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第13章 3) 名取り制度 (踊りの組員制度)

 日本舞踊を始め伝統芸能の世界には、家元とか名取といったシステムがある。柔道などの武術や、碁将棋といった世界の、段位や級位などと同じように、単に技術レベルの認証かと思っていたが、いろいろ話を聞いていると、どうもそうではないらしい。  暴力団○○組といった組織では、組長と呼ばれる親分がいて、組員になるには、親分から杯を頂いて、親分子…
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第13章 2) 日本舞踊の発表会 (お付き合い)

 生れて始めて、お金を払って、日本舞踊の発表会に出かけた。僕の先生の友達が出演するとのこと。新宿の文化センターで、1時から8時頃までのプログラム。これって拷問。歌舞伎座だって、舞踊が多いプログラムのときは、せいぜい2-3時間。この辺が限度でしょう。幸いにして、僕には日曜日で無ければ会えない人が水戸にいて、緊急の用事があったので、釣り女の…
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第13章 岡目八目 (日舞の世界)

1)辺境の文化をのぞく (伝統社会の風習)  66歳から3年間、花柳流の日本舞踊を習って、古希の祝いの初舞台を踏んだ。そして、それを最後に、日本舞踊を休止して、また、世界の辺境の旅する風太郎に戻ることにした。僕が、辺境の旅を好むのは、珍しい自然や、珍しい風習や文化を観察できること。そんな風太郎にとって、この3年間の日本舞踊体験は、…
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第12章 6) 伝統芸能の舞台 (叔母と妻の思い出)

 Dさん、面白くもない小生の思い出話に、お付き合い頂き有り難うございます。僕はすぐに飽きるたちなので、日舞の稽古は、3年余りでしたが、Dさんの謡曲のお稽古は15年間とは素晴らしいですね。確かに、お互い、「これをやらないと知らなかった、貴重で興味深い知識をたくさん得たこと」は、大きな収穫ですね。  僕の親代わりをしてくれた叔母が、謡…
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第12章 5) 日本舞踊の費用 (安いか、高いか)

 『日本舞踊は、お金がかかって大変ですね』というコメントを、数人の方からいただきました。確かに、そういう世界もあるのでしょうが、僕の習い始めた日本舞踊は、巷のお稽古事と大差がありません。月平均4回、先生のお宅に通って、30分の個人教授を受けていますが、月謝は8000円。1回約2000円です。それに賛助会費が年1万円ですから、年間約10万…
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第12章 4)ミクシイ邦楽新聞

 僕の初舞台の様子が、こんな風に報じられました。嬉しいです。友達はありがたい。  因みに、記事の中にある風太郎は、僕のミクシイにおけるハンドルネーム。と同時に、先に風紋で紹介したように、ブログ「還暦からの青春旅行」 http://fuhtaroh.at.webry.info/ のペンネームです。
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第12章 3) 着物芸能圏に遊ぶ (友達が増えた)

 66歳で日本舞踊に入門し、ミクシイの日本舞踊のコミュニティに入ったおかげで、いろいろな分野の方々との交流が増えました。花柳流だけではなく、若柳、藤間、坂東、花村、英、市山、山村の諸流派の師匠や舞踊家、笛や鼓や三味線の演奏家、それに大和楽や邦楽の声楽家、小唄や長唄の旦那衆、江戸時代風俗や落語の愛好家などなど。日本舞踊を習わなかったら、ま…
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第12章 2)日本舞踊休止宣言 (旅に出ます)

 日本舞踊の写真の整理が、一段落したところで、これからの遊びのスケジュールを検討してみた。忙しい。6月はマダガスカル、一人で猿を見に行く、7月はモンゴルのお祭り・ナーダム。これも一人。8月は長女を連れて、アイスランドとグリーンランド周遊の旅。9月はパートナーの定年退職祝いを兼ねて、北欧4カ国巡り。10月は未定だが、11月は田舎の小学校の…
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第12章 初舞台の後で

1) 初舞台、そして有難う (打ち上げ)   2007年4月22日は、吉祥寺の前進座で、日本舞踊の初舞台を踏みました。清元・神田祭を芸者姿で踊りました。古希の記念です。裾を踏んで、ちょっとよろけた場面もありましたが、何とか間違えないで踊れました。ほぼ一年間の練習の成果です。  何よりもうれしかったのは、ミクシイの仲間を始め、…
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第11章 9) 後姿 (娘のコメント)

 娘が「色っぽいね」といって撮ってくれた、後姿の写真。ちょっと自分じゃないみたいです。帯がどんな風に結ばれているのか、この写真ではじめて知りました。出演前の楽屋の廊下でのシーンです。 先生も「何処の芸者かと思った」 とお世辞を言ってくれました。  ミクシイで、この写真に、娘が次のような説明を、書いてくれた。  『先日うちの…
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第11章 8) 孫娘と花束 (裾曳きのおはしょり) 

   左の写真は、孫娘とおじいちゃん?。本番当日の芸者の艶姿。大パパ(おじいちゃん)の急変身に戸惑いが隠せない孫娘と一緒。舞台写真とは違って、楽屋写真もまた楽しい。これは舞台に上がる前の、まだ乱れていない着付けです。  和服の花嫁や、裾曳きを着た芸者は、褄を取って歩きます。褄取りで、片手が塞がったままでの道行姿は、男心をそそりま…
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第11章 7) 片肌脱ぎ (はしたない?)

 お祭りなので、芸者も張り切って片肌を脱ぐ。遠山の金さんの、片肌脱ぎの桜吹雪は、見栄だけではなく、チャンバラで、右手を使いやすいようにするためだが、芸者の片肌脱ぎは、健康なお色気の象徴。いや、男を悩殺するための武器なのかな。賭場の女性は、裸で晒しを巻いての片肌。袂があっては、さいころは振りにくいということもあろうが、イカサマをやってない…
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