3-6) フンザ峡谷

 フンザ峡谷に入ると、カラコルム・ハイウエイは、再び険しい山岳地帯に入る。インダス川の上流であるフンザ川が、深く抉られた峡谷の遥か下の方を流れている。昨日、4人の兵士が亡くなったという崖崩れの場所で休憩。何事も無かったかの様に、山羊の群が絶壁にしがみつくように生えた僅かな草を、のんびりと食べていた。(写真左)  対岸の赤茶けた山肌…
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M32)車椅子の自走

 僕が通っているデイサービスまごころクラブには、クラブ活動として、月に1-2会の外出のチャンスお作ってくれる。12月は2日のブログに書いた紅葉ドライブの狭山公園、そして今回のガスミュージアム。  ガスミュージアムは、健康な時から自転車でよく通っていたところ。明治の浮世絵のコレクションが豊富で、登録しておくと、3ヵ月毎の展示替えの案…
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幸せな時代

  昔の人が画いた天国とは、「衣食住の心配がなく、働かないで遊んで暮らせるところ」。僕はまだ死んでいないけど、どうやら天国に来ているらしい。脳卒中以来、身体は思うように動かないけど、年金のおかげで衣食住には困らないし、介護保険のおかげで退屈もしていない。日本の老人の半分くらいは、天国の生活を楽しんでいるのではないだろうか。「引きこも…
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3-5)ギルギットでポロ見物

 4月15日。パキスタン第三日目。5時半起床、好天に恵まれて、7時出発。チラスの手前、20-30キロの地点から、インダス川の深い峡谷は、急に広がり、岩砂漠の様相を呈する。でも、この岩砂漠は、どうやら大昔の氷河の跡らしい。インダス川の川原にしては、広すぎるし、岩に丸みが無い。カラコルム・ハイウエイは、チラスからギルギットまで、そんな岩…
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3-4)トラックに乗る。

 何も無いと思っていた、第1の崖崩れ地点の向こう側に、酒屋さんが配達に使うような、軽トラックが一台あった。第二崖崩れ地点から、人海戦術で車を持ち上げながら、何とか無理をして搬入したらしい。第二崖崩れ地点には、それらしき轍の跡が鮮明に残っていた。この車で、第一と第二の崖崩れ地点をピストン輸送をしているのだが、荷台に立てる人数は、どう見…
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我が家の秋

 夏の間は、閉めたままでシャッターを開けるのは、いつも秋の好天が続く頃。でも今年は開けることがなかった。今年は、秋らしい気持ちの良い日は、僕の体調のせいか、なかったような気がする。やっと12月に入って、好天が続き、陽射しが恋しくて、やっと寝室の南窓のシャッターを開けたから、南天の赤い実が目の中に飛び込んできた。この赤い実、いつもの年…
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3-3) 崖崩れの道

 4月14日。昨日の遅れを取り戻す為、4時半のモーニングコールで、6時出発。一気にフンザを目指す事になった。天気は晴。インダス川ぞいの道は、山側は険しい崖で、岩しか見えない事が多いが、谷側の景色は結構変化に富んでいる。空も見えないほど、対岸の山が覆いかぶさってくる事もあれば、そんな山から、何条もの滝が見られる事もある。少しなだらかな斜面…
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3-2)カラコルム・ハイウエイ

 1999年4月13日。パキスタン第一日目。成田からの飛行機が3時間ほど遅れたので、昨夜のホテル到着は、深夜の12時を過ぎていた。しかし、「これからの旅では、お風呂に入れない」ので、ゆっくりと入浴。おかげで就寝は2時半。今朝の起床は5時半だから、3時間しか寝ていない。初日から強行軍である。今日の予定は、イスラマバードからチラスまで約50…
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3-1) カシミール

 良質な羊毛・カシミヤの産地として知られるカシミ-ルは、現在、東南のインド領と西北のパキスタン領に分割されていて、(上図)その国境紛争はまだ解決していない。1947年に勃発したカシミール戦争は、2016年現在、実質上まだ続いていて、国境では、南北朝鮮と同様、にらみ合いや小競り合いが続いている。でも、スリナガルとイスラマバードの間の国…
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使いすて容器

 体が不自由で、自分で料理を作ることも、買いに出かけることもできないので、パートナーが来ない時の為に、そのままでチンするだけで良いお弁当を通販取った。写真はその容器。  パートナーが容器が可愛らしいので、取り外そうとしたら、外れないと言う。よく見たら別々に作ったものではなく、一体成型の容器であった。たぶん印刷したプラスチックの…
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M31)都立狭山公園

 11月29日は久しぶりの好天気。デイサービス・まごころクラブの送迎車で、西武遊園地駅前にある、都立狭山公園に連れていってもらった。去年と同じ村山貯水池の紅葉ドライブだが、去年より10日ほど遅いせいか、紅葉はピークを過ぎた感じ。でも、日頃家の中に籠もっている老人にとっては、気が晴れる。村山貯水池は、去年の11月20日に、このブログに…
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2-7) 薬王山と巡礼の道

 薬王山東側の岩壁に、へばりつくように建っている、小さな寺・薬王院を訪ねる。病院も兼ねている寺だそうで、奥の洞窟には、薬師如来が奉ってある。チベット医学の総本山的存在の由。  『チチンプイプイのプイ。痛いのイタイの飛んでゆけ。』と、母親から呪文をかけられて、なんとなく治った経験はないだろうか。チベット医学も、薬草学の知識と…
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2-6)デブン寺とセラ寺

 ラサ郊外にある、デブン寺とセラ寺は、ともにチベットの仏教大学であり、何も無い岩山の斜面に建っている。かつては、それぞれの寺に、1万人近い僧侶が住んでいたというが、現在は人影もまばらである。中国共産主義支配の成果だという。  それでも、セラ寺の中庭では、100人ほどの学僧達が、問答をしているのに出会う事が出来た。木蔭で座っている僧…
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2-5)モンゴル帝国とチベット仏教

 日本における蒙古襲来は、文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)で、台風の助けもあって、元軍を追い返す事が出来たが、北条政権の崩壊の遠因となった。これと反対に、チベットでは、1240年代の蒙古軍侵入によって、長い分裂時代に終止符が打たれ、チベット仏教による統一と支配体制が確立された。その立役者になったのが、サキヤ派の管…
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2-4) チベットの古代王国・吐蕃

 ヒマラヤ山脈の北斜面には、カイラス山(カイラーサ山・崗仁波斉山)を挟んで、東にヤルツアンポ河(雅魯蔵布河)、西にインダス川が流れる。この流域の谷間は、空気は薄いが、雪解け水が豊富で、有史以前からチベット系の人々が住み着いていた。吐蕃国発祥の地は、そのヤルツアンポ河流域の、ツアン(蔵)及びウー(衛)と呼ばれる地帯。現在の西蔵自治区…
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2-3) 大昭寺と八角街

 唐を脅かせた吐蕃王ソンチェン・ガンポは、唐とネパールから、それぞれの国の王女を后に娶った。大昭寺は、そのネパールから嫁いだ王妃ティツンによって建てられたという。ポタラ宮の建設より1000年程前である。チベットの仏教の歴史は彼女から始まるとも言われ、この寺こそ、ジョカ…
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2-2) ポタラ宮 とノルブリンカ

 チベットといえば、誰しもポタラ宮を思い浮かべる。抜けるように青い空の下、岩山の上に聳え立つ、十三層の白い城。そこは、ミノスの神殿のような迷宮であり、中ではおどろおどろしい宗教儀式がとり行われている。それは、子供の頃から抱き続けた、チベットのイメージの全てでもあった。  実際に眺めたポタラ宮は、ポタラ宮広場の前に建つ遺跡であっ…
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2-1)ラサへの道

 僕が海外旅行を始めたのは、1998年7月から。早期定年退職してから丸2年が経っていた。これからゆっくりと中国を歩き回りたいということで、まず最初に、成都の四川大学で1ヶ月の中国語学習プログラムに参加。その機会を利用して、成都から4泊5日のチベット旅行に出かけた。これは、その時の日記からの抜粋と、今回、補筆したチベットの歴史である…
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1-3)チベット伝説と文化博物館

  標高2250メートルの青海省の首都・西寧(シーニン)から、標高3650メートルのラサまで、総距離1956キロに及ぶ青蔵鉄道(=青海・チベット鉄道)は、2006年7月に全線開通。それに伴って、西寧には、チベット文化博物館もオープンした。この博物館は、チベットの玄関口・西寧にふさわしく、チベットムードの漂う設計。正面玄関のドームには…
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1-2)チベット族と日本人

   この地図は、中国総参謀部測絵局編集になる中国地図帳からの抜粋。ピンクのバックとピンクの斜線がチベット族の住んでいる地域。緑のバックと緑の斜線がウイグル族、うす緑のバックと縦線が蒙古族、黄色のバックが漢族である。この地図と1)の航空写真を比べると、チベット族は2000メートル以上の高い山岳地帯、ウイグル族はその北の砂漠・オアシス地…
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1-1) 僕のヒマラヤ・チベット

第1章 はじめに(老春の旅)  1996年4月に59歳で、早期定年退職した僕は、2011年6月に脳出血で倒れるまで、海外を歩き回った。今は、右半身不随なので、ゆっくり旅の思い出に浸る事にした。 1-1)僕のヒマラヤ・チベット   僕の中では、ヒマラヤ・チベットは、政治区分ではない。印度プレートがアジア・プレートに衝突し…
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墓参旅行(3)トヨタ産業技術館など

 11月5日、昨日と同じように、7時に食堂にはいって、ゆっくりと一時間かけて朝食。帰りの荷物を作って家に送るとちょうど良い時間になった。トヨタ産業技術記念館が9時30分にオープンするので、それに合わせてタクシーに乗る。ホテルで呼んでくれたタクシーの運転手がぼくと同じ小島さん。話をしたら岐阜の加納高校の後輩とのこと。笠田の遊水地の話も出た…
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墓参旅行(2)アクアトト岐阜など

 11月4日。9時半に妹一家4人が、10人乗りのレンタカーでホテルに迎えに来てくれた。運転は姪のご主人の遠藤さん、車のフロントグラスには「小島家ご一行様」というシールがあり、その下には「遠藤トラべル企画」と書いてある。お堅い研究者にしては、なかなかのユーモア。娘達が面白がってスマホで写真を撮る。  8人の団体旅行の最初の訪問地…
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墓参旅行(1)徳川園など

   11月3、4、5日に、故郷の岐阜へ墓参りに出かけた。倒れる前に行ったきりなので、もう10年近くご無沙汰している。今年は80歳になったので、生きているうちに、もう一度くらい、ご先祖に挨拶しておかなければ、そちらに逝った時に気まずかろう。と言うわけで「多分最後の墓参」に出かける事にした。でも、車椅子がなければ、移動できない身体なので…
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M30) 江戸東京建物園

 デイサービスまごころクラブから、小金井公園にある江戸東京建物園にいった。ここは、元気な頃には自転車で、毎週と言っても良いくらい、朝晩の散歩に通っていた公園。隅から隅まで熟知している。今日のメンバーは、僕を含め車椅子の80歳代男性3人と、まだ歩ける女性と車椅子の女性の総計5人。それにドライバーの男性と介護士の女性3人。ドライバーは、…
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M29) ガス灯展(ガスミュージアム)

 デイサービス・まごころクラブから、近所のガスミュージアムに出かけた。歩ければ、直線で200メートルくらいなのに、僕は、デイサービスから車椅子に乗り込み、朝晩の送迎車に積み込んでもらう。他の仲間は、座席に坐ったが、ミュージアムで車椅子を借りて見学。杖だけで頑張った仲間もいたが、帰る頃にはお疲れのようす。足腰の弱った人が展覧会を見るには、…
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北朝鮮を中国に併合する?

 駄々っ子・トランプ君と、ロケット坊や金ちゃんが、明日にでも一戦を交えかねない情勢になった。北朝鮮は、軍事力や経済力から見ても、アメリカとは対抗できるとは思えない。ロケット坊やは、かつての日本軍のように、真珠湾攻撃でもすれば、アメリカと対等な話し合いが出来ると思っているのだろうか。それともベトナム戦争のように、徹底抗戦をすれば、アメリカ…
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M28) 明治薬科大学資料館

 デイサービス・まごころクラブから、恒例の武蔵野散歩に連れて行ってもらった。車椅子の4人の参加者に、ドライバーと2人の介護スタッフ。デイサービスの送迎車で、新小金井街道を北上、秋津に抜ける道に入り、まだ空き地が残る田舎町を抜け、空堀川を見ながら進むと豊かな緑が見えてきた。明治薬科大学のキャンパスはその緑の中にあった。  資料…
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季節外れ

 今年は梅雨明けがなく、スカッと晴れた夏の日がなかったのに、またいつのまにか秋雨になった。そんな感じがするのは、僕だけだろうか。どうやら玄関先のアジサイも同じように感じているらしい。秋の彼岸だというのに、梅雨時に咲くアジサイが一輪咲いていた。(左上) その下の方では梅雨時に咲いた花が、緑のまま残っていて、紅葉を始めていた。(左下)。…
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町内の敬老会と彼岸花

 パートナーがコープへの道ばたに、マンジュシャゲが綺麗に咲いているので、見に行かないかと誘ってくれた。でも庭に出てみると足元がおぼつかない。見るに見かねて、パートナーが車椅子を持ち出してくれた。先月まではコープまで、一人で歩いて行けたのに、夏に歩かなかったら、急に足もとが怪しくなったらしい。それでもマンジュシャゲの場所まではなんと歩…
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