C10)枯木灘の変身・若返り

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2004年7月、中国の四川省の四姑娘山(スークーニャンシャン-6250m)の麓にあるラマ教寺院から、3200mの枯木灘までハイキング。写真はその時の記念写真。枯木灘は、谷川の瀬に、立ち枯れた木が十数本ある場所で、バックには、四姑娘山が聳え、何処か大正池の雰囲気に似ている。ここにはチベット族の衣装を持った人たちが、群がっていて、早速つかまってしまう。僕がその衣装を着始めると、我々ツアーのメンバーも堰を切ったように衣装を着け始めた。皆さん定年以上の若者達は、チベットの衣装を着て、大喜び。わいわい騒ぎさながらに盛り上がった。場所が枯木灘と言うのもおもしろい。

この衣装、筒袖の着物と同じで、前あわせ。男も女も同じつくりだが、男は腰紐を使ってオハショリ(腰上げ)を作り、裾をひざまで上げて、ズボンを出す。日本の女性の着物は、このオハショリで出来た空間を、さらに別の腰紐で締めて、衿口を整えるが、チベットの男性は、衿口を開けたままにして、このオハショリで出来た懐を、何でもはいる、便利で大きなポッケットとして使う。また、昼間暑くなった時には、右肩を脱いで、遠山の金さんが、桜吹雪の刺青を見せて、啖呵を切る時のように着る。これは、寒暖の差の激しい、チベット地方らしい着方だとおもう。女性はオハショリを作らないで、着流しの上に、綺麗な前掛けを締める。

僕は最初に着たので、しっかりとした着付けで、写真の左端。遅くなった男性の一人は、オハショリもなし。土地の人が見たら、おじいちゃんの女装?で面白かっただろうな。でも我々にはそんな事、わかりゃありゃしない。後で写真を見て、大笑いになった。

このメンバーは、非常にノリのいい、楽しいグループで、帰国後も交流が続いている。ラオスにタートルアン祭りを見に出かけたり、一緒に京都の町を散策したり、我が家で持ち寄りパーティを開いたり、もう何度、顔を合わせたことだろう。僕が古希記念に、日舞の初舞台で、神田祭を芸者姿で披露した時には、もちろん皆で見に来てくれたし、今回脳出血で倒れたらお見舞いにもきてくれた。ツアーでのたまたまの出会いが、こんな長いお付き合いに発展することは珍しい。これって、皆で仮装して騒いだ効果かな。

(神田祭の舞台写真)
http://kazesaburou.at.webry.info/theme/2a2954b10d.html

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