餅の思い出


 正月といえば第一に餅。でも、今年僕が食べたのは、1日と2日の雑煮に入れた、たったの2切れ。しかも1切れが昔の半分くらいの大きさ。昔は1度に4-5切れも食べられたのに、年老いたのだろうか。でも育ち盛りの孫達も1-2切れしか食べない。おせち料理が多すぎるためらしい。

 雑煮は地方ごとに、いや家庭ごとに違う。関東の切り餅、関西の丸餅。醤油を使うか味噌を使うか。出しは、鰹節か鶏肉か。餅を入れるタイミングは、焼いてから入れるか、そのまま入れるか。野菜は何を入れるか。などなど。
 子育て中の我が家では、1日は僕の田舎の醤油と小松菜と鰹節だけで餅をドロリと煮込んだもの。2日は亡妻の方式で鶏肉の澄まし汁で三つ葉や人参などの野菜を入れ、焼いた餅を入れたもの。
 今年の正月は、小松菜入りの鰹出しの澄まし汁に柚子を加え、僕だけは電子レンジでチンした餅、その他の家族はトースターで焼いた餅を入れた。子供たちと妥協した上品な味だが、僕としては、やはり原始的などろりとした田舎の味が懐かしい。

 昔は年末になると、餅を撞いた。その傍らで、撞きたての餅にあんこや黄粉を挟んで、食べるのは子供達の楽しみの一つだった。僕は、撞きたての餅を大根おろしで食べる大根もちが懐かしい。その翌日は、ついた餅を切り分けるのが子供の仕事。でも今では、こういった餅撞きの風景は消えてしまった。今は個別に真空包装された切餅を年中スーパーで売っている。

 昔の餅は、年末に作る年に一度のご馳走。粟や黍、豆を混ぜた、変わり種の餅もあった。そしてそのご馳走は鏡明けの15日まで続いた。
火鉢の上に金網を置いて、餅を焼くのも楽しみの一つだった。醤油のこげる香が懐かしい。今ではスーパーの切り餅を電子レンジでチンをして、醤油に浸す。あの食欲をそそる香りがない。
 そういえば、最近黴の生えた餅を見ていない。昔は色とりどりにカビた餅を、包丁で削って黴を取り除いてたべた。あるいは水の中で保存した水餅や、薄く切って干し保存したへぎ餅を煎餅のように焼いて食べた。こんな餅の食べ方は、現代っ子たちは知らないだろうな。

 今年で平成も終る。僕の生きた昭和は遠くなりにけりである。

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