3―10)王様と茶会

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 夕方、杏の花が咲き誇る庭園を少し散策してから、王様との茶会、お手製の赤ワインで歓迎される。シャーさんの友達だと言うこの王様は、大のアルコール好きとか。パキスタン政府が、イスラム法に基づいて、禁酒を強いる中で、フンザだけは例外になっているという。1974年にフンザがパキスタン領になった時の条件の一つらしい。この王様は三代限りで、彼の孫がフンザ最後の王様になる。それまでは、パキスタン政府が、王様にふさわしい歳費を負担するのだという。明治維新後の藩主の扱いを真似たのかもしれない。外交、国防、警察、教育、それに国防としての道路管理を、王様がパキスタン政府に委譲する代わりに、フンザ在住の人民は、納税の義務を免除されている由。

 更に、フンザの素晴らしい所は、この王様の父君が、自分の土地をフンザ人民に分配し、フンザ人を全て自作農にした事である。そして、その体制を維持する為に、フンザの土地はフンザ人にしか売らないという制度を作ったという。彼の理想は犯罪の無い国で、民に独立した財産を与え、民の教育程度を高める事は、その理想を実現する為の必須条件であると言う。

 現在のフンザの誇りは、識字率の高さと、犯罪発生率の低さである。パキスタンの平均識字率は35%であるのに対して、フンザのそれは85%と高い。フンザの3万人の人口に対して警官は7人、殆ど仕事が無いらしい。王様一族を始めとする、教育レベルの高いフンザ人達は、やがて来る 「フンザ王国が、パキスタンに完全吸収される日」 に向かって、事業の開発に余念が無い。我々の泊まったホテルも、我々を案内してくれる現地旅行社も、そんなの開発の一環で、日本人観光客には、大いに期待していますとの事である。

 夕食の後は、ホテルのホールで、現地旅行社(=王様の会社)主催の、フンザの音楽と踊りを観賞。踊り手は全部男性で、出陣の踊りや、騎馬戦、山岳戦の様子など、かつての山のバイキングであるフンザ人らしい勇壮な物が多い。出演者の顔や衣装にトルコ系のものが感じられた。どこかで繋がっているのだろう。


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