京都・車椅子旅行3(白川町・祝い会席)

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 女の子の成人式である十三参りと、長女のバイリンガル・セクレタリー試験合格を祝って、みんなでお昼の会席をすることにした。「一人5000円くらいで探して欲しい」と次女に頼んだら、車椅子の入れる椅子席のレストランと言う条件で、祇園白川町の『かにかくに』を予約してくれた。昔の御茶屋の建物らしい。

 かにかくにとは、聞きなれない言葉だが、「かにかくに 祇園は恋し 寝るときも 枕の下を 水の流るる」と言う吉井勇の句からの引用らしい。吉井勇は『命短し 恋せや乙女 赤き唇 あせぬまに♪』と唄われた「ゴンドラの唄」の作詞者、伯爵のボンボンで、祇園の御茶屋『大友』に常連客。彼の古希を記念して、志賀直哉、谷崎潤一郎らが発起人になって建てたという、「かにかくに」の歌碑が、このあたりにある。吉井勇の命日には、祇園の御茶屋組合が主催して、『かにかくに祭』と称して、この歌碑の前で芸者達が茶席を設けるという。

 建仁寺で別れた孫娘たちとは、レストラン『かにかくに』で合流することにした。京都の建物は東西に走る道路に沿って並び、間口が狭く、南北に走る奥行きが長い。白川通りの1本南の道に面した、狭い入り口から入ると、迷路のよう通路を通って、白川に面した部屋に案内された。この狭い通路には、段差あり、坂あり、カーブありで、店の主人に車椅子での動き方を教えてもらわなかったら、途中で立ち往生したかもしれない。新米の車椅子利用者と介護者にとっては、自動車の運転免許試験さながら、良い経験になった。

 案内された席の窓のすく下には、白川が流れている。昔は、川の上に座敷が張り出していたのだろう。吉井勇をはじめとする粋人たちは、こんなところで、芸者達と寝たのだろうか。白川を挟んで、白川通りに植えられた桜や柳が目を和ませてくれる。食事をしながら窓を眺めていたら、紅葉した枝垂れ桜の木のてっぺんに鷺が止まっていた。(写真)

 「季節のお任せ会席」は、卵から作った柿のような、変わったものが出てきて、孫達も大喜び。僕も、綺麗に色付いた柿の葉のお皿や、スライスした芋茎(ズイキ)に季節を楽しむことが出来た。会席料理は、それぞれの料理の量が少ないので、孫たちには「もの足りないかな」と心配したが、3時間近くかけての、ゆっくりした食事だったので、大丈夫だったらしい。

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