7―3)ゾロアスター教の聖地(タフテ・ソレイマン)
アゼルバイジャン州のタブリーズから、イラクとの国境沿いを南下すると、クルド人地帯に入る。クルド人はイラン、イラク、トルコの三国国境地帯から、シリア北部まで分布するインド・ヨーロッパ語族、金髪緑眼の美人が多いとか。人口は3000万ほどで、国がない最大の民族と呼ばれる。イランに住むのは600万人くらいで、遊牧民が多いとか。
紀元前8世紀に、イラン高原でメディア王国を建てた、メディア人が、彼等の祖先だと言われているが、この王国は紀元前6世紀にペルシャ人に滅ぼされて、その記録は霧の中である。ゾロアスター教の起源も伝説の中だが、紀元前10世紀頃には、この地帯に広がっいて、メディア人もペルシャ人同様、ゾロアスター教徒だったらしい。拝火教とか祆教と呼ばれるように、ゾロアスター教は、文字通り、火を拝む宗教である。
2003年に世界遺産に登録された、ゾロアスター教の神殿遺跡、タフテ・ソレイマンは、、火口湖を中心にして、遺跡が配置されている。ゾロアスターが生きていた頃には、この火口湖は噴火口で、火が灯っていたのだろうか。タフテ・ソレイマンとは、「ソロモン王の玉座」という意味だそうで、ソロモン王が怪物をこの火口湖に閉じ込めたという伝説によるという。怪物とは、溶岩のことだろうか。
ササン朝ペルシャ(226-651)では、ゾロアスター教は国教となった。この王朝の王たちは、即位の前にここを訪れ、火を捧げたという。タフテ・ソレイマンの遺跡は、この時代のものが多いが、それ以前のものも多く、ゴチャ混ぜの遺跡と言う印象は拭えない。
ゾロアスター教は、ササン朝に代ったイスラム帝国によって衰退した。イスラムへの改宗圧力に抵抗して、国外に逃れたゾロアスター教徒もあった。インドのタタ財閥は、パーシーと呼ばれる、そんなゾロアスター教徒の子孫である。現在のイランでは、ゾロアスター教も市民権を得ているが、教徒の数ではインドの方が多いと言う。写真は、日本人を珍しそうに眺める子供たち。中央にクルドの民族衣装を子がいる。
還暦からの青春旅行 第7章 イラン(ペルシャ)
紀元前8世紀に、イラン高原でメディア王国を建てた、メディア人が、彼等の祖先だと言われているが、この王国は紀元前6世紀にペルシャ人に滅ぼされて、その記録は霧の中である。ゾロアスター教の起源も伝説の中だが、紀元前10世紀頃には、この地帯に広がっいて、メディア人もペルシャ人同様、ゾロアスター教徒だったらしい。拝火教とか祆教と呼ばれるように、ゾロアスター教は、文字通り、火を拝む宗教である。
2003年に世界遺産に登録された、ゾロアスター教の神殿遺跡、タフテ・ソレイマンは、、火口湖を中心にして、遺跡が配置されている。ゾロアスターが生きていた頃には、この火口湖は噴火口で、火が灯っていたのだろうか。タフテ・ソレイマンとは、「ソロモン王の玉座」という意味だそうで、ソロモン王が怪物をこの火口湖に閉じ込めたという伝説によるという。怪物とは、溶岩のことだろうか。ササン朝ペルシャ(226-651)では、ゾロアスター教は国教となった。この王朝の王たちは、即位の前にここを訪れ、火を捧げたという。タフテ・ソレイマンの遺跡は、この時代のものが多いが、それ以前のものも多く、ゴチャ混ぜの遺跡と言う印象は拭えない。
ゾロアスター教は、ササン朝に代ったイスラム帝国によって衰退した。イスラムへの改宗圧力に抵抗して、国外に逃れたゾロアスター教徒もあった。インドのタタ財閥は、パーシーと呼ばれる、そんなゾロアスター教徒の子孫である。現在のイランでは、ゾロアスター教も市民権を得ているが、教徒の数ではインドの方が多いと言う。写真は、日本人を珍しそうに眺める子供たち。中央にクルドの民族衣装を子がいる。
還暦からの青春旅行 第7章 イラン(ペルシャ)
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