第8章 2) 抜き衣紋 (素晴らしいセックス・アッピール)

 「ヌキエモン」と聞いて、昔の人の名前かな、などと思いませんでしたか。実は僕もその同類でした。でも「抜き衣紋」と言うのは、芸者さんや、日本舞踊のお師匠さんの、あの襟足を露出した、粋な着物の着方です。「抜き衿」とも言うそうです。

 正統派の説明は、シワがよらない着物の着方、それが「抜き衣紋」なのだそうです。衣紋とは、英語で言うDrapery、仏像などに見られる、着物の縦しわのことです。それを抜く、「抜き衣紋」とは、まさに文字どうり、「しわ無し」の意味です。では、衿を後ろにずらして着ると、どうして着物にしわが出来ないのでしょうか。

 紙を円筒形に丸めてください。これは、衿を立てて着る男の着物です。この状態で、帯を締めれば、帯を締めたところが、細くなるので、縦のしわがよります。しわが寄らないように着るには、腹にタオルを巻くか、たくさん食べて肥って、自分の身体を円筒形にしてからでなければなりません。しかし、たおやかな女性が、衿を後ろにずらして着ると、着物は逆メガホン状になり、肩のところで広く、帯のところで狭くなります。紙を丸めてみると、よくわかります。たるみがなければ、しわが寄らないのは当然です。

 ところが、帯の位置の太さに合わせて、着物に角度をつけると、乳房などの関係で、逆メガホン状の角度が大きすぎて、肩の辺りで、身体より着物が大きくなります。それを、襟足を見せることで、解決すると言うは、実に上手い工夫だと思います。

画像 男性の着物に比べて、衿回りをやや大きめに取って、逆メガホン状の角度を大きくし易いように作ってあるのも、女性の着物の、特徴です。また、男性の着物のように、肩の線と首の線が一直線ではなく、女性の着物は、首のところで、線が少し下がるようになっていて、衿を外に向ける工夫がされているようです。

 この着物の着方、確かにセクシイです。たいていの男は、それを見て「ぶるっ」とします。なぜでしょうか。猫や犬の性交を思い浮かべてください。雄は雌の上に乗り、雌の首のあたりを軽く噛んで、雌が動かないようにしてから、性交をはじめます。人間にも、四足で行動していた時代の本能が残っているのでしょう。女性は、後ろから襟足に息を吹きかけられると、「カンジル」と言う人も多いようです。その敏感な場所を、強調した着物の着方に、男性が「ぶるっ」と来ても不思議はありません。西洋のイブニング・ドレスは、肩まで露出して、男性を魅惑しますが、抜き衣紋の方が、焦点を絞っているだけに、一層、魅力的です。

 しかし、この「抜き衣紋」の発明は、当初は、セックス・アッピールを意図したものではなかったと言う説もあります。江戸時代初期に、後ろに角のように突き出した髪形が流行しました。春信以前の浮世絵、たとえば懐月堂一派の浮世絵美人達の左の写真のような髪型です。そのため、衿が邪魔になり、衿をずらしてきたのが始まりだとか。でも、この頃の、懐月堂一派や奥村派の美人達を見ても、抜き衣紋があるとは思えません。抜き衣紋が大きくなったのは、明治になってからのように思います。西洋夫人達の、肩まで出したイブニングドレスを見て、花街の女性達が、衿をずらして着ることに、そのセックス・アッピールの価値を見出したのではないでしょうか。

この記事へのコメント

ネズミ色の猫
2018年01月10日 01:19
 こちらにも失礼します。
 昭和63年発売・三省堂『大辞林』初版本で「抜き衣紋」を引くと、同義語として「仰(の)け衣紋」の紹介がありました。
 この「のけ」が訛って「ぬき」となり、派生語として「衣紋を抜く」と表現されるようになったのでしょうね。
ネズミ色の猫
2018年01月10日 01:38
 こちらにも失礼します。
 昭和63年発売・三省堂『大辞林』初版本で「抜き衣紋」を引くと、同義語として「仰(の)け衣紋」の紹介がありました。
 この「のけ」が訛って「ぬき」となり、派生語として「衣紋を抜く」と表現されるようになったのでしょうね。

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