第8章 芸者の着付け (ひだりつま)

1) ひだり褄 (芸者と花魁)

 芸者のことを「ひだりづま」と呼びますが、なぜだかご存知ですか。「右の妻が本妻で、左の妻は芸者」というのは男の夢。でも、それはとんでもない間違いです。「つま」とは「褄」という字で、広辞苑によると、「長着の裾の左右両端の部分」とあります。また、長着とは、裾を引くような着物です。長着の裾を引かないで歩くには、褄を太ももの辺りで持ち上げて、腰の辺りまで持上げる事を、「褄をとる」といいます。和服の花嫁さんの歩く姿を思い出してください。

 ところで洋服では、ボタンが右側に付いているのが男物、左側についているのが女物です。ボタンのついてない方を上に(=前に)重ねて着ると、その先端すなわち着物の褄に当たる部分は、身体の左右中心線を通り越して、反対側にきます。男物なら、ボタンのついてない方の先端が、身体の右前に来ます。これを右(褄)前と呼び、洋服の女物と同じ重ね方を左前と呼びます。着物の場合は、男女とも同じで、右前です。着物の左右ではなく、着た時の身体の位置でみぎ・ひだりを区別するのは、いかにも感覚的な日本人らしい発想です。でも最近では、「着物の右側」を上にして着る若者も多いとか。これでは、着物の右側の先端は左に来るので、左前です。古来、左前は死者の着付け方。商売がうまく行かなければ左前です。

 日本舞踊で「褄をとる」時には、少ししゃがみ込みながら、右手で右褄(着物の左褄)を掬うようにして取り、掌を上に裏返します。これで着物の裾が右上に引っ張り上がり、長襦袢の裾がチラチラと見えます。その状態で、左手を右手に軽く重ねると、なかなか色っぽい形になります。日常でも、乗り物に乗る時や、ぬかるみを歩く時には、着物の裾が汚れないように、褄を取ることがあるそうです。

 この反対に、左手で左褄(着物の右褄)をとる事を、左褄を取ると言いますが、これは普通の着物では出来ません。右前の着付けでは、左褄は右前の褄の下に隠れているからです。左褄の取れるのは、芸者や花魁、それに花嫁さんの着る長着だけ。長着の前は割れていますので、左手で左褄(着物の右褄)をとる事が可能になります。長着の左褄をとると、下に着ている着物または長襦袢の右褄が隠れてしまいます。男性が女性の裾を開くためには、まず長襦袢の右褄に手を入れなければなりませんが、これが長着の左褄でガードされるのです。また、左褄では芸者の右手は自由ですので、右から裾に伸びてくる男性の手を、「あら、いけ好かない」などと言いながら、軽く振り払うことも可能です。従って、左褄は「芸は売っても色は売らない」という、芸者の心意気の象徴だそうです。

 一方、花嫁さんや花魁(娼妓)は、右褄を取ります。これだと、長襦袢の右褄はむき出しになり、男性が着物の裾を開き易くなります。花魁は、一夜妻でも妻は妻、お座敷の席次は旦那の隣の上席、今夜の花嫁さんというわけです。芸者は末席より、旦那のご機嫌を伺います。この事については、京都宮川町の芸者・小糸さんがアメリカン・クラブで講演され、その要旨が、次のホームページにありますので、花街の風習に興味のある方は、是非ご覧になってください。http//www.ekoito.com/kouen/usa.htm

この記事へのコメント

2018年08月14日 21:59
着物で右前は、死装束ですよ。
通常着るのは、男性も女性も左前です。

この記事へのトラックバック