風三郎 日舞を習う/リハビリ日記

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zoom RSS 医薬業界にない2つの概念

<<   作成日時 : 2017/07/23 12:49   >>

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 昨日のブログ「老人に安全な薬」を書いていて、日本の医薬業界には、2つの概念が不足しているなと思った。一つはビジネスの世界では当たり前の「コスト・パホーマンス」、もう一つは、最近原子炉などで議論されている「リスク・パホーマンス」である。

 「娘が吉原に身を売って、親の薬代を工面した」というような美談は、今でも人々の同情を誘う。しかし、現代の日本には国民皆保険制度があるので、「貧乏で、薬代が払えないから、医者には行かない」というような、外国なら当たり前のことが、通用しない。誰でも気軽に医者に行き、薬を処方してもらう。医薬業界はそれを良い事に、どんどん高い薬を開発し、利益を上げている。電気製品なら、その利用価値に比べて、値段が高ければ買わないが、薬は医者に処方されれば、無批判に信じて高い金を払う。そして、その高い金を支払うのは国家の保険である。「歯止めのない国民皆保険制度」が破産寸前と言うのは、当然の結果である。

 日本人は、「死とは心臓が止まること」だと信じている。たとえ寝たきりでも、意識がなくても、「生きている=心臓が止まっていない」事には変わりない。ヨーロッパ人のように、自分の口で食べることができなくなったら、死んだと同じ」的な概念はない。だから、「心臓が動いている内は、あらゆる手を尽くして、治療を求める。その費用が保険でカバーされるとなれば尚更である。「一週間、命を延ばすための費用いくらか」などと言うことは考えない。尊厳死協会員の僕は、それは患者を苦しめるだけなので、そんな無駄なことはやめてほしいと思うのだが、一般の家族感情としては、どんな犠牲を払っても、息をさせておきたいらしい。「費用対効果」すなわち「コスト・パホーマンス」の概念から見れば、「患者を苦しめるだけの」終末医療費の増大はおかしな話である。終末医療費の増大が保険財政の破綻の一因である。

 福島の事故までは、原子力は「安全で安価な」電力だと信じられてきた。この神話が崩れて以来、原子力発電では「リスク・パホーマンス」が議論されるようになった。これと同じように、薬の副作用についても、今まではあまり議論されてこなかったが、薬の副作用が出やすい老人が多くなった事もあって、薬の副作用が注目を浴びるようになった。これと老人の多剤服用が健保財政を圧迫していることもあって、厚生労働省がやっと重い腰を上げた。日本人は「薬は使い方によって毒にもなる」という概念がたりない。昨日のブログで紹介した、「高齢者のの安全な
薬物療法ガイドライン」は、リスク・パホーマンスの観点を入れた最初の医学書である。











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